永遠の五歳児

アウトドアで遊んで子供心を大切にするブログです

Qちゃんを形成するもの(スポーツ編③)

皆さんこんにちわ~

 

Qちゃんです。

 

前回②の続きにります。

 

今思い出したんですけど、

そういえばQちゃんが入学した時は外の部室前の

トイレは水栓トイレではなくて、

いわゆる「ボットン便所」というやつですね。

 

このボットンの「溜池汲み」も経験しましたね。

 

朝練の後の授業前に( ゚Д゚)

 

当然、女子から白い目ですね(^-^;

 

その他には

「ジュース買ってこい」・・・

中学校下の駄菓子屋の自販機で500ミリのビンジュース購入指令

 

「見張ってろ」・・・

日曜の練習、監督が二日酔いでマフラーの壊れた外車で登場するのを

先輩たちに知らせる。

 

Qちゃんは見張り多かったですね。体が小さかったのと声が大きいので。

 

マジできつい野球生活だったので各小学校のミニバス精鋭たちも

結構な数が夏休み前に辞めていきました。

 

でも妙な仲間意識が出てきたり、憧れの選手が出来たり、

下手くそなりに一生懸命野球していた覚えがあります。

 

憧れといえば

Qちゃん達ミニバス経験者のヒーローUさんが

2年生にして既にチームの中心的存在で輝きを増していました☆

 

当時のうちの野球部3年生は過去最高レベルの強さで県大会出場は当たり前でした。

 

その3年生のレギュラーがひとたび群の陸上競技大会に出ると

 

他校の陸上部の専門選手を押しのけ

100m、200m、400、400mリレーとほぼ独占してしまう強者集団。

 

そのメンバーに2年生で一人加わり一番の光を放つUさん!

 

カッコよかったですね(*´▽`*)

 

結局、過去最高と言われた3年生たちも県大会途中で敗退してしまいました。

 

Uさん学年は

Uさんが左のエースで4番。

ミニバスのQちゃんの小学校のキャプテンが主将を務めたんですけが、

やっぱりワンマンチームで地区大会途中で敗退してしまいました。

 

Qちゃんの学年といえば・・・

・人数は多いが小粒

・ピッチャーは2枚看板(つまりエースがいない)

・チームワークはあるがみんな野球センスは?

 

な感じで地区大会2回戦敗退でした。

 

野球をやってた時ほぼ辛いことしかなかったんですが、

 

一番体がデカくて一番愚痴の多かったI君が

最後になった試合の5回裏あたりから泣き出したのはビックリしました。

 

結局、7回あたりからは全員泣きながらの試合になりました。

 

結果はボロ負けでしたが終わった後は監督も含め皆泣きました。

 

チームスポーツには

「みんなの為に頑張る」という要素が多分に含まれています。

 

それが

「人の為に」

を美徳とする日本人をより感動させる要因なのだと思います。

 

結局、憧れのUさんは

俊足、好打で県内で有数の高校球児となりました。

プロ野球に行くと思っていましたがドラフト候補止まりでした。

 

Uさんがヤンチャじゃなくて

もっと野球の有名校で

真面目に野球に取り組んでいたら

プロ野球で活躍していたと今でも思っています。

 

Qちゃんの野球人生

憧れの人はそんなカッコいい人でしたね☆

 

Qちゃんの高校時代?

 

はい(*‘∀‘)

学校さぼってパチンコしてましたぁ(^-^;

 

でわでわ~(^_-)-☆